トレセン同志会:ロゴの由来


発足当時の話



2003年当時の当会ロゴ

当会のロゴに関しては、発足当時はこのように解説してます。

内容的には正解でも17年以上の歳月を経た今、改めて確認した時、
説明文ではまだ至らない不足している部分があるようにも見受けられているように思う。

この機会に
正しいトレセン同志会のロゴマークを語る上で、足りていなかった部分を補足し、完結させる事にしました。


サイト名称を色分けした理由。


・以下の名称と文字色が正式なトレセン同
会の名称です。


元々のサイト色が黒基調だった事から、配色は白文字中心で同志会の”志”(こころざし)には敢えて『情熱』を意味する赤を使用した。

一方でロゴは、
形と配色へのこだわりがあり、
某団体の許可を得た上で完成させたものです。

菱形は安定しない事(物)の象徴であり、
競馬に於ける不確定要素を表しています。


一方で、不確定要素が多い競馬であっても、競馬予想屋であっても、
大一番の時に、菱形を直立させるかの如く、太い的中馬券を手中に出来るように努めればならない。

向かって
左側の部分(昼間)で、それを表現しました。

星が出ていない漆黒の空に、時には青味を帯びた三日月が見られる事がある。
だからこそ、どんな時であっても希望の光を捨ててはならない!を表現。

これを向かって右側部分に配置した。

つまりこのロゴは競馬の華やかな部分と、対極にある闇の部分を表している。

良い時もあれば、当然勝負事に負けは付き物・・・
悪い時だってある!

そのような事を踏まえつつ漆黒の闇の中、街灯すらない道を手繰りの状態で歩いていくような無謀さの中でもタダでは転ばぬ!という強い意志表示を全面に打ち出す事を同時に表しているのである。

太陽と月は自然の法則で交互に廻って来るもの。
これを時に順番と表現する事もあります。

競馬の世界でも順番と言う言葉がよく使用される事が一般的である。

一例を挙げると
今回はうちの勝つ番ではなかったが、次こそ順番が来る!』のように使わるのである。

この世で起こりえる事の大半に順番があるとしたらどうでしょう!?

その場合、表現の仕方ならば、数多く存在する事になると思います。

そこを敢えて
太陽と月、菱形によって表現しました。


太陽と月が交互に廻るように、
順番は必ず回って来る!






菱形の裏に隠された秘密!

2002年10月頃完成したロゴにまつわる話!

ヤクザも色々!

弱きを助け強きを挫く・・現在消息が定かではない元経済ヤクザが贈った言葉でした。

2002年当時の私、齊藤は不動産業界で活躍していました。
顧客の中には、YAKUZAの方もおられ、中でも年齢が近かった事や、
大きな夢や野心を持っていた一流の経済YAKUZAのK氏(当時30代前半)は、同じ志を持つ間柄であり、特に話が弾んだものです。

非常に紳士で、経済に明るく、数多くの一流企業管理職や医師・弁護士などのエリート層、当然のように公安当局上層部に至るまで豊富な人脈があった。

『シノギ』と言う言葉を使わず、『ビジネス』と言っていたが、株式投資がメインで、パチンコ業界絡みの利権を有し、中小企業数社の役員にも名を連らねていたのだから、正に経済ヤクザを地で行った人でした。

彼の側近には金庫番でもあったカワカミ(カタギ)は資金運用のプロフェッショナル。
黒スーツにカバンが似合う男で、ルックスもなかなかであったが、何よりも某有名大卒のエリート。

K氏所有の資金の一部を、株式投資で運用する事によって利益を挙げていた。
スマートな人間を周囲に置く事は、彼にとってステータスだったのだと思う。

内情には一切触れる事もなく私との関係に、当然金銭のやり取りすらなく、飯は割り勘と決めており、至ってごく普通の友人関係であった。

ガードが堅いK氏であっても気心が知れてくれば本音も出てきた。

当時の彼は私に向かって、よく言っていた言葉を想い出す。

近年お年寄りが老後の為に蓄えた大切なお金をシノギとしている組織がまかり通る現状。これこそがヤクザのイメージを根底から変えてしまった。ヤクザが詐欺組織と言われるようになってはお終いだ!』と、
本来あるべき彼の理想とかけ離れた姿とのギャップ・・

それに関して嘆いていたものだ!

自分は古くから国内に存在してきた任侠精神を持っている。いうなれば正義のヤクザ。しかし組織は一枚岩ではないが故に、自分だけ正義で他が悪だと、全てが台無しになってしまう!今こそ正義のヤクザが求められている時代だと信じているんだが、その為にはどんどん上に行かねばならないんだ!上に行くためには資金も必要ですから、自分は経済の分野に長けておりましたので、経済ヤクザでもあります。けれども本質は正義のヤクザに変わりはない

K氏はY組6代目の出身母体KDKの元幹部で、現役時代僅か30代前半の若さで事務局長に就任。

この当時私と知り合ったのです。
知り合ってから僅か3ケ月後に本部長に出世するほどのキレ者であった。

性格は温厚で、今にして思えば親(分)とは考え方が異なっていたと思われる節が随所で見られたように思う。

要は親方がカネ!カネ!カネ!と言う有り様で、少々呆れていたからだと思われた節があったのです。

経済YAKUZAとは文字通り経済に明るく、大手金融会社に在籍していた事もある彼は入社3年足らずで最年少支店長までになる!

金融・不動産など幅広い知識を有しており、開業医や芸能界にまで幅広い人脈を持っていた。

ところが、人が好い!というより人が好過ぎる事が、後に災いを招く事になると、その時は私でさえ夢にも思っていなかったのだから、組織の中でどんどん出世していった当時の彼は微塵も感じた事すらなかったはずなのだ。

今にして思えば、彼の【人の好さ】は近代ヤクザには無用の長物だったのかも知れません。

トレセン同志会のロゴを絶賛!

その当時は巷に蔓延する詐欺業者が多買った競馬予想業界で、真逆の思考で勝負に出る!との決意を持った私は、K氏に意思を伝えてみた。

競馬の事は良く知らないけど・・どうも詐欺のイメージがあるから、間違ってもそんな事やったら駄目だ!公明正大にテッペン獲る位の気持ちで頑張ってくれ!そのロゴなら、いけるとこまで行けるぞ!笑と、エールを送ってくれたのである。




2007年に激震が・・・



2007年のロゴ

古くからの任侠精神を正義とし、一般市民と共存共栄出来る世界に今の日本を変えていく。
そのような正義のヤクザを目指している。
彼の最終着地点でもあり目標でもあった事とは、暴対法の撤廃だったのではないだろうか?

それには大儀が必要で、実現の為には暴力組織を一流企業と同化させる事を意味した。

国民が心から必要としている商品の開発や販売計画を行っている事も知ってはいたが、口を出した事はなく、ただただ成功して欲しい!と願っていたに過ぎない。
<余談
私は父側の祖父(じいちゃん)を3才の時亡くしていたので、微かな記憶しか残ってはいないのですが、弱きを助け強きを挫く人で金貸しもやっていたと聞くが、無担保での融資であったので、亡くなってから相続した叔父貴が回収に行っても回収不能の嵐・・・家は貧しくも人を助けていた事を叔母から聞いた事が幾度かあったので印象に残っていたのかも知れません。

大阪の旧家から、没落により東京へ!
私の母方の父、つまり私の母方の祖父は、故郷を離れる際に叔母からお前な?どうせ建設業を営むつもりがあるのであれば、例え乞食になろうが親方になれ!と言われての上京だったそうです。

その祖父は、下積み期間を尋常でないスピードで次々乗り越え、
若くして親方に昇格!
その後は井筒組を設立。

従業者50名まで急成長させた母方の父(じいちゃん)に至っては、
自分が生まれるよりはるか大昔・・・41才の若さで病死している。

従業者の多くは東京の上野周辺で、路頭に迷う少年達を拾っては使っていたと聞く。

だからこそ義理人情という言葉に対し、弱いのである。
両祖父共に義理人情が厚いという共通点があった事がその理由だったのかも知れません。

話はK氏の事に変わる。
中京地域に本拠地のあるKDKの中でも、異例と言われるスピードで、
出世街道まっしぐらだったK氏は、『正義のヤクザ』を公言!

亡き祖父達との共通項があったので重ねていたのかも知れないのです。

そんなある日の事・・・

普段から彼の考えを快くよく思っていなかった彼の『』は、危険分子とみなしていたのだろう。

珍しく家族全員が揃ったある日。

手下を使って彼を追い込み、自殺を迫った!としか思えないような驚愕の事実を私に伝えてきたのである。

我々一般の世界では明らかに言いがかりととられる事であっても、親のゴリ押しで通してしまえたのだろうか!?

それによって優秀な部下が長年に渡って築き上げた資産全てを手中に出来てしまえる。

この頃になると連絡すら取りあう事も減っていたK氏から、突然来た電話・・内容は今でも覚えている。

助けてください!という信じ難い言葉から始まり屈辱的場面を動画に撮られ、奴らの笑いものにされてるんです!という一連の話を聞いてはみたが、とても助ける事など出来ようもない。

このような話を聞くまで、私自身ですら彼らの真の世界をよくわかていなかったからである。

恐ろしい世界だ!と感じると同時に、関わりたくない!と感じた瞬間でもあったのですが・・・・しかし今、こうして助けを頼まれている!

悔し泣きする電話口の彼に、かつての威厳を感じ取る事すら出来なかった事が、更に己の中の恐怖を増長させていくよう感じたように思う。

しかし、一度は人生の目標など、お互いの夢を語り合った仲である!
そこに偽りなき友情が存在したのは確かなのだ。

住む世界は違っても、気にはなっていた事も確かな事であったのだ。
当然世話になった事だってある!

ならば自分に出来る事で返すべき・・そう思うのは当然の事だったが、私にもちょうど子が出来、その世界と一線置こうと考えていた。

正にそのタイミングでこんな電話が来るとは・・何という運命の悪戯であろうか!?

現実的に、これ以上お付き合いする事は出来ない!

病院代として、いくばくかのお金を振り込むのが精いっぱい。
ヨメの猛反対を押し切ってである。

これが事実上の手切れ金になったのである。


結局彼の夢だった『正義のヤクザ』は夢のままに終わったが、
弱き助け強きを挫く、任侠精神を持っていた最後の男だったように思う。

彼の意思を、競馬業界で引き継ごうと考えた時、それはそれはイケイケでした。

そんな時間も長くは続かず、時代背景も変わっていけば、子供だって成長していくもの。

そのような事もあり、2007年はロゴを業者に委託し一部デザインを変更。
より競馬色の強いスタイルにした経緯がある。






登場人物


K氏(仮名狩野 賢龍



過去に実在した一流の
経済YAKUZAで、詐欺や闇金グループで上納していた近代ヤクザとは考え方も異なっていた。
最盛期の35才の頃、月収ベースで数千万円以上もあったそうだ。

公安当局に至るまでの豊富な人脈と資金力は、彼の営業力による人脈拡大によるところが大きかったのは間違いのない事。

一般起業家としても成功を収めていた事は私自身、様々な人間を見てきた経験から間違いない事である。

多くの利権や資産を築き、
それを元手に暴力団の世界を変えよう!としたが、親方の仕組んだクーデターにより失脚させられた上、資金も全て没収されたという。

話は変わりますが、彼はその当時ト〇タ車オンリー!

所有車はセンチュリー・セルシオ・アルファードなど3台すべてト〇タ車であった。

そんな彼をイメージするワンオフ(one off)の車を、2019年に私、齊藤がデザインを行い、正規ディーラーに話をしたところ大変興味を持たれ、作った事がある。

コンセプトは
レ〇サスの好調な販売によって市場から撤退した日〇プレ〇デントの逆襲!というもので、かつてバブル期に存在した事があるオーテ〇ク社のプ〇ジデントリムジンを参考に作られた。

名称は:
インフィニティ・ソヴリン・VIP Q760L

写真は実物です。









代表者 齊藤 作品集

トレセン同
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